仙台コラム

仙台歴史探訪!仙台に残る戦争遺構を探せ!その4 多賀城に海軍の工場があったことをご存知?

 

仙台時代はイベント紹介ばかりではない!(笑)こういうこともやるんです!

最初に写真を撮りに行ったのが2年前の夏!
さらに2度目の写真撮影をその次の年にするという力の入れよう(笑)

現地に写真まで撮りに行ったのに、
編集するのが面倒で、なかなか記事にできていなかったのですが、
戦後70年と言う節目の年でもある今年、遂に日の目を見る!

仙台時代がお送りする「仙台歴史探訪!仙台に残る戦争遺構を探せ」シリーズ
第4弾を満を侍してお送りしたいと思います。

過去記事でも、このシリーズを始めた動機について、
チラッと書いたことがあったような気もしますけど、改めて、簡単に。

なんとなく仙台にある「戦災復興記念館」に行って、
戦争の辛さ、悲惨さを改めて再認識させられ、後世に語り継ぐ
戦争の爪跡ともいえる「戦争遺構」が仙台にも残っていないものか?
と、考えたことがきっかけなんです。

戦争遺構というと、西日本とかには沢山残っているんですけどね。
正直、仙台ではあまり聞いたことがないですからね~

日本が戦争をしていた。そんな事実をご存知ですか?
聞いたことはある。でも、ご自身の目でその跡をしっかり観て欲しいなと!
「聞く」と「実際に見る」じゃ感じ方も違ってくるのかなと。

で!前置きはさておき、サブタイトルの通り
多賀城に海軍の工場があったことはご存知だったでしょうか?

海軍工廠(かいぐんこうしょう)とは、つまり海軍直轄の兵器工場。
多賀城の歴史と海軍工廠は、切っても切り離せない関係!

1942年に静かな農村だった多賀城に地理的な理由もあり
多賀城に海軍工廠が作られることが決定。
とはいえ時代が時代。村の1/4に当たる土地を強制的に買収させられたそうです。
過酷な強制労働の未に2年余りで巨大な工場が完成。
主に、ゼロ戦の機銃や弾薬を製造していたとのことです。
さらに、戦争末期には空襲を逃れるために、松島地区に地下工場も建設。

概要はこんな具合。
で、私は戦争末期に作られたという「松島地区の地下工場」の跡地を
実際に足を運んで写真撮影してきました。

場所は松島駅のちょっと北側にあるここ。
リンク:https://goo.gl/maps/670rF

この周辺の山肌にはいくつもの洞窟が残っており
これがいわゆる「地下工場」の跡地なんですね~

写真で穴が分かりますかね?
見た目は小さいですけど、実は非常に奥行きがあり、
なかで作業が出来るくらいの広さもあります。
山に洞窟を何本も掘り、縦横に繋がっているのです。
あ。もちろん中は危険なので入っていませんよ!


今では住民の方の農具置き場になっていたりと
スッカリ生活に溶け込んでいますけど、当時はここで多くの方が
兵器の製造に携わっていたんですね。
写真撮影するために、家の方に断って、庭先に入れてもらい撮ったものも!

詳細な洞窟の位置関係はコチラのサイトを参考にどうぞ!
藤原益栄の「ガイド・ザ・多賀城海軍工廠」による洞窟の詳細
リンク:http://goo.gl/roQhzH

このサイトの方が、多賀城の海軍工廠について調査してまとめたそうです。
ちなみにこの本、私、買ってまで調査しにいってきましたからね(笑)
写真を撮りに行けたのも、この本のおかげ!

現地に行く前に、Googlemapと写真を重ね合わせて、
ある程度場所をマッピングしてから現地に行ったんです。

ちなみにこの本は多賀城の「ブックスなにわ」で1000円で売ってます!
ついでに言うと、図書館にも置いてましたよ。

最後は、全然関係ない写真なんですけど、
当時、現地に写真を撮りに行った際に、偶然見かけた「犬をおちょくる猫」の写真!


リードに繋がれた犬を、通りすがりのネコが完全におちょくってます(笑)
あくびまでして、なんとも嫌味っぽいですねー

で、話は完全にそれましたけど、
住民の生活にスッカリなじんでいますけど、いまでもこうして
地下工場の跡が見つけることが出来るんですね。
確かに仙台で「戦争の跡」みつけました!
厳密には仙台ではなく多賀城なんですけどね(^_^;)

次回「その5」は、戦時中にあったとされる
砲台跡を探しにいってきました。そこでまさかの発見も?!
乞うご期待!

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わさび

わさび

仕事の都合で仙台を離れること6年、今はメンバーの中でひとり関東に在住しています。いつかまた仙台で家族で暮らせることを夢見るアラフォーです。東京から仙台情報を発信していきます
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