観光ガイド・レポート

夏にぴったりシリーズ その2「七北田処刑場と念仏という住所」

 ちょっとだけヒンヤリとする話を提供する夏にピッタリシリーズ。その2

 前回の夏にぴったりシリーズ その1「世にも恐ろしい住所」in 宮城
 こちらも併せてお楽しみください!

 夏の暑い夜。
 夏にぴったりシリーズその2 は

 七北田処刑場と念仏という住所

 まずはこの地図を見ていただきたい。この場所。
 

 念仏って住所なんです。(^_^;)

 住所の範囲を示すと
 この点線で囲われた部分が「念仏」の住所の範囲です。
 
 
 念仏・・・・ただならぬ住所であることは間違いない

 ソレもそのはず。

 ここはかつての仙台藩の処刑場だったところなのだ!

 とありえず実際にどんなところか足を運んで見に行ってきました。
 

 ここが念仏坂と呼ばれる坂の途中にある肩掛山
 歴史について看板になかなか興味深いことが書いてあります。

 念仏坂というネーミングについてはこんな話が。

仙台藩5代藩主の夫人の遺言により、処刑された人を供養を行う為、刑場の南に河南堂(かなんどう)、北に河北堂(かほくどう)の常念仏堂が建てられて、この坂を往来する人々は念仏を唱えながら常念仏堂に手を合わせた。

 というところから、念仏坂という名前がついたとか?!
 ただ、この河南堂、河北堂の常念仏堂は残念ながら現存していないそう。

 
 看板前から念仏坂を見下ろす。

 
肩掛山の階段を上ると上に休憩所があります。

 
どうやら明治天皇がここを視察しにここを訪れた際の記念碑のようです。

 
 休憩場から念仏坂を見下ろす。
 写真の中央に七北田処刑場のお地蔵様の赤い頭巾が見えています。
 わかるでしょうか?

 
 坂を下り、七北田処刑場跡地にやってきました。
 同じく歴史を記した看板があります。
 この場所で5300人~7000人ちかい人間が処刑されたと考えると・・・

 ゾッとします

 
 
 

 中は非常によく整備されております。
 近辺の方が掃除なさっているのでしょうけど・・・そりゃそうですよね。

 家の近所にこんなものがあったら、否が応でもキレイに掃除しないと・・・
 やっぱり・・・なんというか・・・

 いろいろとありそうですもんね(^_^;)

 仙台藩の処刑場にも歴史があり、
 看板にも書き記してあるように、処刑場はずっとここにあった訳ではなく、

 花壇のあたり→米ケ袋のあたり→七北田

 と移転していたんですねぇ~

 歴史書には記録がどうやら残っていないらしいのですが、
 仙台市ガス局近くにあるNHK原町ラジオ放送所のあたりにも
 実は一時的に処刑場があったとの説も。

 ところで「記録が残っていないらしい」という話の出所ですが、
 どなたか一般の方が図書館のリファレンスサービスでこの件を質問しており、
 図書館からの回答で「存在を示す資料が見つからなかった。」との
 回答が示されているからです。

 無い。そう言われると意地でも探してみたくなりますけど(笑)

 処刑場について実は別途調査済だったいするので、
 そのうち書かせていただこうかな。なーんて思っております!

 さて。本題に戻りましょう。

 
 道路をはさんで遠目から見た写真。

 
 大通りからはこんな具合。

 
 
 念仏坂の下から肩掛山をみる。

 
 ここは地図に「念仏」って書いてあるところの写真。

 ストリートビューでみると、以前はココに家が建っていたみたいですね。
 いまではなくなって看板が建っています。

 以前、ご紹介した「妖女鬼沢」という住所じゃないですけど、
 これこそまさに住所に歴史あり。って奴ですね。
 普段何気なく見聞きしている住所ですけど、
 歴史を紐解くと実に興味深く面白いものであるなと!

 ちょっと前まで、全く興味なかったのに、
 最近じゃすっかり仙台の歴史にハマってしまった!!

 図書館に通ってはあれこれと調査したりしているので、
 小出しで記事を書いていこうかと思っております!
 ひっそりとご期待ください!(笑)

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